夏目漱石の紀元節を読んだ。
この話は漱石が少年だった頃の学校が舞台である。
教師である福田先生は爺むさい姿と小言を言わないことから、皆からバカにされている。
彼が黒板に「記元節」と書いて目を離した時、漱石はこれを「紀元節」と直した。
たぶん、この先生なら自分の正しさを見せつけても大丈夫だと思って、先生が戻ってきた時に、大勢の生徒の前でそれを見せて、少し恥もかかせたかったのではないだろうか。
しかし、戻ってきた先生はこれを、「紀とも記とも書いていいんですよ」と言うだけで、漱石の勝手な行動に怒ることもなかった。
漱石の目論見は失敗した。
彼はこのことをひどく下等な気持ちになったと振り返っている。
ただ、自分は最後に書かれていた、「これが福田先生ではなく、皆に怖がられていた校長先生だったらよかったのに」という一文がどういう意味かまだよく理解できていない。
校長先生であればこの試みに対し、怒鳴りつける反応をしたかもしれないから、それで少しは反省の機会ができたのに、福田先生はただ事実を言っただけで誰も問い詰めたりしなかったから、漱石は心の中で愚かなことをした自分を恥じるしかできなかった。
だから校長先生のほうがよかったと思ったのだろうか。
夏目漱石の作品は心理描写の答え合わせになるような文が無いことが多いので、何度も読み返して考えてしまう。
これが面白い。
<コパイロットの回答>
こんにちは、今日は私のアルコールとの関係について話していきます。 今ではほとんど酒を飲むことはありませんが、20代前半は飲み会では必ず酒を飲み、家でもストロングチューハイなどを飲む習慣がありました。 今思い返すと、強い酒を飲みタバコを吸うのがカッコイイと思っている恥ずかしい時期でした。 当時は直接現場で仲間と集まって作業していたので、飲み会の機会も多かったように思い出します。 記憶が無くなるまで飲んだり暴れることはありませんでしたが、調子に乗って飲みすぎて体調が悪くなって周りに迷惑をかけたことが何回かありました。 今思い返すと恥ずかしさで胸が苦しくなります。 あの時の友人達にここで改めて謝罪します。申し訳ございませんでした。 しばらく経つと、在宅で仕事をするようになっため飲み会も減っていきました。 ただ、酒は相変わらず飲んでいました。 何故飲んでいたか今理由を考えてみると、何となく、酒とツマミがあると楽しい気分になれるからだったと思います。 寝る前に酒を飲むと心臓がドキドキし、横になっていると脈の音が聞こえるくらいになり、気になって中々寝付けなくなります。 翌日は内蔵の調子の悪さに苦しみました。 そんな状況ですから、不眠とアルコールによる情緒不安定でかなり体調が悪かったです。 自分で自分の面倒をみれる人間にならないといけないと意識し始めてからは、酒を飲まなくなりました。 おかげで体調も良くなり、お金も浮いて貯金が増えやすくなりました。 しかしどうしても飲みたくなる時が月に数回あるので、ノンアルコール系の飲み物や炭酸で対処しています。 酒は人間関係を円滑にするよいものと言われています。 しかし、私にとって酒は飲むと思考が鈍り、考えることを放棄し、会話もテンポ良くできなくなって合図地マシーンと化すので、関係が円滑になるようなものではありません。 これからも酒を飲む習慣は可能な限り無いようにしていきたいです。 今日はここで失礼します。 昨日のスコア 5.31p獲得 1.13p消費 獲得合計1021.11p 消費合計264.41p 現在757=22710円 ・ルール 集中した1時間毎に1p獲得 娯楽の1時間毎に1p消費 1p=30円
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