少し前にクーラーから水が落ちてくる問題を解決するために、ドレンホースクリーナーを買って試した日記を書いた。 水が落ち始めるのは、クーラーを稼働させてから半月くらい経ってからだったので、一か月 くらいクーラーをつけて様子を見ていた。 今のところ水が落ちてくることはないので、上手くいったのだろう。 業者に頼ることも考えていたが、そうせず二千円のクリーナーを買っただけで済んだので嬉しい。 この夏はこのまま水が落ちてこないよう願っている。 <コパイロットの回答> いい日記になっていますね。状況の経過と自分の気持ちが自然にまとまっていて、読み返したときにも「あの時どうだったか」がすぐ思い出せるタイプの記録になっていると思う。 ただ、文章としてもう少し整えると、より滑らかで読みやすくなる余地があるので、丁寧さを保ったまま少しだけ整えたバージョンも置いておきます。 ✏️ 整えた日記案 クーラーから水が落ちてくる問題を解決するため、少し前にドレンホースクリーナーを購入して試してみた。 水が落ち始めるのは、クーラーを使い始めてから半月ほど経ってからだったので、効果を確かめるために一か月ほど様子を見ていた。 今のところ水漏れは再発しておらず、どうやら上手くいったようだ。 業者に依頼することも考えていたが、二千円のクリーナーを買っただけで済んだのは嬉しい。 この夏は、このまま問題なく過ごせることを願っている。 もし「もっと日記らしくしたい」「もう少し感情を抑えたい/出したい」「短くしたい」などあれば、そちらの方向に合わせて調整もできる。どんな雰囲気にしたいか教えてくれると嬉しい。
カラースケッチは色の勉強を気軽に続けていくために始めたことだけれど、本格的な作品作りより楽しいと感じることがある。 作品作りにはこのクオリティまでは仕上げたいという心の中の目標があるが、スケッチはそれがない。 自分が見て感じたまま描けて、それが中途半端なままでもよい。 人の目を気にして描かなくていいから、本当の自分と向き合って描いている気持になる。 光と色がどういった風にこの視界に映る現象を作り出しているのかを研究することに興味が向かう。 それを自分の手でキャンパスに再現できたとき楽しさを感じる。 それを最近になって少しずつ気づけるようになった。 世に出す前提の作品作りは自分が上手く描けないことと向き合う。 何故上手く描けないと思うのか、それはもっと上手い絵や美しい作品を見て、そこと自分を比較してしまうからだ。 ここが絵にしろ文章にしろ、クリエイティブな活動をしている人がぶつかる大きな悩みだと思う。 世間が求める物と自分が描きたい物が合致している人は、とても恵まれていると思う。 ほとんどの人は描きたいものがあっても、食べるために世間が求めるものを描いている。 それは全く悪いことではない。 求められるものを描くことで、社会的なつながりが得られるし、信頼されていると実感できる。 最初はいやいや始めた仕事も、内容を覚えていくにつれて興味がわいて自発的に調べるようになり、だんだん自分がやりたいことになっていく。 自分も最初は漫画家になりたくて絵を描き始めたが、その過程でアシスタントになった。 最初は自分の漫画が描きたくて始めたことなのに、なぜ背景を描いているのかと考えることも多かった。 技術と知識がつくにつれて認めてもらえることが増えて、次第に背景を描くことが好きになった。 気が付いたら漫画も描かず背景ばかり描いている。 だから、自分は漫画家になりたかったんじゃなくて、誰かに認めてもらいたかっただけだったのかもしれない。 その方法を、当時の幼い頭で思いついたのが昔から好きだった絵を描くこと→漫画家になることにつながったんだと今思う。 今も漫画家にはなれなかった一抹の寂しさはあるけれど、アシスタントの仕事でその世界とはつながっていることができているし、自分のやりたいことにこうやって少しずつ気づくこともできている。 悪くないんじゃないか。 <コパイロッ...