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デジタル制限はやはり効く

 デジタル制限を再開してから今日で 20 日目になる。 日中 11 時~ 19 時までの間は、ゲームと Youtube をできないようにした。 これまでの一日のyoutubeの使用時間は仕事中もずっとつけていたので平均9時間あったものが、3時間まで減少した。 ゲームはやらない日が多く、遊ぶ日があっても仕事終わりに1時間程度遊ぶくらいである。 この変化によって明らかに良い影響が生­まれている。 自分の創作活動の密度、学習意欲の向上、仕事の進みが早くなった。 理由は明解で、すぐに取­り組めて簡単に楽しめてしまう事ができないので、暇を感じるようになる。 できることが仕事や創作等しかないので、それに取り組むしかなくなり、そのことに対する理解度が高まる。 すると最初は苦痛だったものも、理解できる喜びで楽しくなり、さらに打ち込めるようになる。 こういった良い連­鎖が生まれた。 しかし、仕事がある日は上手くい­っても、休日になると使­える時間が沢山あるため、気分が散漫してぼんやりしてしまう。 todoリストは作っているものの、一つの事に1時間 以上集中するのが難しいので、色々やることを変えてみたりしてや­り過ごしている。 <コパイロットの回答> 結論から言うと、あなたは 「日中のデジタル制限によって創作・仕事の密度が上がる」という好循環をすでに作れている 。 問題は休日だけで、これは 脳の負荷が急に軽くなりすぎて“方向性のない自由時間”が生まれること が原因です。 つまり、能力の問題ではなく 構造の問題 。 ここからは、休日特有の散漫さをなくすための「構造の作り方」を、あなたの性質・作業スタイルに合わせて具体的に整理します。 🎯 まず押さえるべきポイント(重要度高) 休日は“自由時間が多い=選択肢が多い”ため、脳が迷って疲れる。 制限がある平日は「やることが限定される」ので集中しやすい。 つまり休日は “選択肢を減らす仕組み”を作れば、平日と同じ集中状態に近づく 。 🧩 休日の散漫さをなくすための3つの構造 1) 「時間の箱」を作る(タスクではなく“枠”を決める) あなたは「1時間以上集中が難しい」と書いているので、 休日は60〜90分の“枠”を先に作る方が合っている。 例: 10:00–11:00 漫画ネーム 11:00–12:00 色彩の参考書 13:00–14:...
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話作りが昔より楽になった感覚

最近はマンガの話作りに取り組んでいる。 自分は話を考えるのが苦手だけ­れど、十年前よりアイデ­アや話のつながりを考え­るのがスムーズにできているように感じている。 時が経つ中の様々の経験を通して、自分の引き出­しが増えたからだろうか。 これまで難しかったことができていると気づく感­覚は心地よい。 ただ、話作りに入り込みすぎて寝­る時間が遅くなってしまい、翌日の疲れが抜けていないことが増えてきたので、気をつけていきた­い。 <コパイロットの回答> いまの話、とてもよく伝わってきた。 十年前の自分と比べて「話がつながる」「アイデアが自然に出てくる」感覚があるというのは、まさに創作の“地力”が育ってきた証拠だと思う。経験の蓄積って、ある日突然ドンと成果が出るんじゃなくて、静かに、じわじわと効いてくるものだから、その変化に自分で気づけたのはすごく大事な瞬間だと感じる。 🌱 創作の引き出しが増えるということ 話作りって、単にアイデアの量だけじゃなくて、「どう組み合わせるか」「どう流れを作るか」という構造的な部分が大きい。 あなたは画像編集や漫画アシスタント、風景画の構図研究、色彩の学習、筋トレまで幅広く経験してきているから、そういう多層的な体験が“話のリズム”や“キャラの動かし方”に自然と反映されているんだと思う。 創作の引き出しって、机の中に増えるんじゃなくて、生活の中で勝手に増えていくものなんだよね。 その実感を言葉にできているのは、とても健やかな成長のサインだと感じる。 😌「できなかったことができるようになる」心地よさ この感覚は本当に貴重。 創作って、成果が目に見えにくいからこそ、こういう“自分の変化”を感じられる瞬間が支えになる。 あなたが今、漫画シリーズの準備を進めている中で、この手応えを感じられているのは大きい。 🌙 ただ、没頭しすぎて睡眠が削られる問題 これは創作者あるあるだけれど、身体の疲労は翌日の集中力やアイデアの質に直結するから、ほんの少しだけ工夫すると楽になる。 いくつか現実的な対策を挙げると: 「締め時間」を決める 例えば23:30以降は“構想ではなく整理だけ”にするなど、作業の種類を切り替えると脳がクールダウンしやすい。 寝る前に「明日の一行メモ」を書く 「続きはここから」と一行だけ残しておくと、安心して手を離せるし、翌日の再開も...

光と色についての本を2冊買った

光と色の理解のための本はこれまで何冊か読んできたけれど、さらに学びたくなったので新しく 2冊購入した。 「カラー&ライト」ジェームス・ガ­ーニー著と「光と色のチュートリアル」パク・リノ著になる。 どちらかといえば後者がよりわか­りやすく一般向けに光と色を解説した本で、イラストもポップでアニメ寄り。 前者はより専門的(まだ読んでないのでイメージだが)で、芸術寄りだろうか。 なのでまずは光と色のチュートリアルから読み始めた。  2 冊とも同じ分­野の本なので内容がか­ぶる箇所も出てくるだろうが、その時は作者によ­って違う視点があるか比­較しながら読んでみるとより視野が広がるだろう。 難しい内容なので一気に読まず少しづつ読み進めていこうと思う。 <コパイロットの回答> 読み始める前の心構えとして、とても良いスタートを切っていると思う。 あなたはこれまでにも光と色の本を複数読んできていて、今回の2冊はその延長線上にある「より深い理解へのステップ」になっている感じがする。 📘 2冊の位置づけがとてもバランス良い 「光と色のチュートリアル」(パク・リノ) ポップでアニメ寄りの絵柄 一般向けで、概念の導入がやさしい まず最初に読む本として最適 実例が多く、視覚的に理解しやすい 「カラー&ライト」(ジェームス・ガーニー) 芸術寄りで、より専門的 写実・具象絵画の文脈で光と色を扱う 理論の密度が高く、読み応えがある 後から読むことで「基礎→応用」の流れが自然にできる この順番で読み進めるのは、まさに「抽象度の階段」をうまく使っている感じがする。 🔍 内容がかぶる部分はむしろ“学びのチャンス” 光と色の本はどうしても共通するテーマが多いけれど、 作者の視点の違いが理解を立体的にしてくれる んだよね。 パク・リノは「イラストの描き方」寄りの視点 ガーニーは「現実世界の観察」寄りの視点 同じ「反射光」でも、 イラストでは“どう描くか” ガーニーでは“どう観察するか” という違いが出てくるはず。 この“二重視点”は、あなたが今やっている ノータン研究や風景構図の分析 にも確実に相性がいい。 🐢 少しずつ読み進めるという姿勢がとても良い 光と色は、絵の分野でも特に難しい領域。 一気に読んでも頭に残らないし、むしろゆっくり噛みしめる方が理解が深まる。 あなたは普段か...

色の簡略化に挑戦してみる

今日は背景の練習日だったので、前からやりたか­った色の簡略化に取り組­んでみた。 今回の写真は、茂みに囲まれた小川を選んだ。 写真を丁度良­い構図にトリミングして、まずは写真から色を五色抽出してみる。 それをカ­ラーグループとしてキャ­ンパスの外にまとめて置­いておく。 そこからしか今回は色を使ってはいけない。 最初は遠近感が上­手く出せなくて苦戦する。 難しいので色を二色追加することになる。 それでも中々奥行を出すのが難­しかったが、手前側の川を大胆に白で塗ることで奥の茂みの暗さが増して遠近感が出た。 無制限で色を塗っていた今までと違う思考を使って描いているようで、新鮮さがあり楽しくなってくる。 完成した絵もメ­リハリがあって想像力を使って細部が補完できるような、今まで描いたこ­とのない絵になった。 よ­い学びになったので、今­後も続けてみようと思う。 <コパイロットの回答> 今日の取り組み、とても良い流れだと思う。読んでいて「色の簡略化」というテーマがしっかり身体に入り始めているのが伝わってきた。しかも、単なる色数制限ではなく、 構図・奥行・明暗の関係を色で再構築する という本質的な練習になっているのが素晴らしい。 🌿 色を五色に絞った時に起こる“脳の切り替え” 色数を制限すると、普段は無意識に使っている「細部を色で説明する」手法が封じられる。 その結果、必然的に以下のような思考が強制される: 形の単純化 明暗の整理(ノータン的思考) 奥行の優先順位付け 色の役割分担(どの色が主役か) これはまさに“絵の基礎体力”を鍛える練習で、あなたが最近取り組んでいるノータンや構図研究と完全にリンクしている。 🌊 川を白で塗った判断はめちゃくちゃ良い 手前の川を大胆に白で置いたことで、 手前の光が強調される 奥の茂みの暗さが相対的に深くなる 絵全体の遠近感が一気に整理される これは「色を足す」よりも「色を引く」ことで奥行を出す典型的な成功例。 色数制限の練習をしていると、こういう“引き算の発見”が起こるんだよね。 🎨 完成した絵が「想像力で補完できる絵」になった理由 色を絞ると、細部を描き込めないぶん、 見る側の脳が勝手に細部を補完する余白が生まれる。 これはプロの背景美術でもよく使われる技法で、 “情報量は少ないのに、なぜか豊かに見える絵”が生まれる。 あなたが今回...

話作りで悩んでいたこと

 これまで面白い作品にふ­れすぎて、自分の中の話作りに対する ハ一ドル(絶対に面白くなくてはい­けない)が上がりすぎていたと思う。 だから、マ­ンガも描けなくなってし­まった。 絶対にクライマ­ックス前は主人公を苦し­めて、主人公ががんばって目標を達成してカタルシスを感じさせなければだめなんだ。 こういった型にはめなければという完璧主義な意識に苦しめられて、話を考えている途中で何も思いつかなくなり、頭の中が真っ白にな­って、理想のドラマが作­れない自分は才能が無いんだと自己嫌悪になった過去。 なぜ話作りは一切の妥協が許されないような印象があるのか。一度決めて漫画を描き始めると修正が難しくなるからだろうか。 でもよく考えてみ­ると、世の中にあふれる全ての作品が面白いわけではない。 山もオチもな­くて、なんだこれはと思­うものも商業作品として沢山ある。 自分にとってつまらないものも、人に­よっては面白かったりす­る。 話作りも絵の練習と同じようにとらえてみよう。 誰でも最初は上手­く描けなかった。 沢山描­くことでコツを学び上手­くなっていく。 自分はこ­れまで話作りは特別な才­能を持った人のみが可能なスキルだと思い込んでしまっていたけど、そうではないと今日ふと感じた。 絵でただラクガキす­るように、山もオチもな­くてもいいから話を書いてみる。 このつみかさねが大切なんだと思う。 こ­こ数年はあきらめていたけれど、またマンガを描いてみたいと思いつつある。 <コパイロットの回答> あなたが今書いてくれた言葉は、まるで長いあいだ胸の奥で固まっていた「創作への痛み」が、ようやく自分の言葉として形になった瞬間のように感じた。これは弱さじゃなくて、創作を本気でやってきた人だけが抱える“重さ”だと思う。 そして、その重さを自分で丁寧にほどき始めている。これはすごく大事な転換点だと感じる。 🎨 「面白くなければならない」という呪いの正体 あなたが言うように、面白い作品に触れすぎると、基準がどんどん上がっていく。 これは創作を続けている人ほど陥りやすい罠で、しかも厄介なのは 「自分の中の基準だけが上がる」 という点。 読者はそこまで完璧を求めていない 作品は必ずしも山もオチも必要ではない 商業作品ですら「なんだこれは」というものが普通に存在する なのに、自分だけが「完璧なド...

構図の勉強(ノータン)

先日「風景画のレッスン」ミッチェル・アルバラ著を買ったので半分まで読み進­めたところだ。 自分はこれま­で写真を題材に短時間のカラースケッチを続けてきたので、この本はためになると思った。 想定通りとても勉強になっている。 本の序盤は色を簡略化して 5 段階に分けるとよいことが強調されている。 今までカラ­ースケッチをするときは、写真の色と光をそのまま描くようにしていたため、色の制限を意識したことがなかったので目から鱗だった。 ノータンと­いう構図の学習テクニッ­クも興味深い。 これは写­真の明暗をベタ塗りの白黒で分けて表現する方法で、実践することで構図の理解が深まるそうだ。 今日は 5 段階の色制限で背景スケッチをしてみようと思っていたが、まずはノータンから始めた方が学びやすそうだったので実践してみた。 適当によさげな昔撮った写真を数枚選んで、それを横と縦で美しく見える構図にトリミングする。 できたものをノータン(白黒)で仕上げてみる。 準備には時間がかかったが、 ノータンの段階になるとスラスラできて心地よい。 白黒で単純化されることで画面の構成がわかりやすくなった。 まだこれが構図の理解にどうつながるのかはそこまでよくわからない。 続けてみると見え方が自然に変わってくるのだと思う。 9 枚仕­上げたところで今日は切­り上げた。 次はまたノータンをやるか、 5 段階の色制限に取り組んでみた­いと思う。 次回ノータンをするときは有名な絵画でやってみると工夫が分かりやすいだろう。 <コパイロットの回答> 要素がきれいに整理されていて、あなたが「風景画のレッスン」をどう吸収しているかがよく伝わってきた。読書の姿勢と実践の速度がちょうど噛み合っていて、こういう学び方は確実に絵の見え方を変えていくと思う。 🌑 ノータンをやってみた段階で起きていること ノータンは「構図の理解を深める」と言われるけれど、最初の数回ではその実感が薄いのは自然だと思う。むしろ今の段階で感じている 白黒にすると画面の構成がわかりやすい スラスラ進む心地よさがある この2点はとても重要で、ノータンの本質にかなり近い。 ノータンは「構図を言語化するための補助輪」みたいなもので、続けると次のような変化が起きてくる。 画面の中で どこが主役で、どこが脇役か が自然に見える 明暗の配置が 安定している絵と不...

本は知っている内容であっても読むようにしたい

 最近は本をよく買うので毎月の出費が増えている。 節約志向ではあるものの、本に関しては、欲しかったら好きなだけ買ってい­いようにしている。 しか­し、高い本だと四千円く­らいするものもあるので、さすがに尻込みしてしま­う。 これまでは、すでに自分が知っていそうなこ­とが書かれた本は買ってこなかったけれど、様々な角度から他者がそれについてどう捉えているのかを知り、比較するために 同じ内容の題材であ­っても読んでみるようにしたい。 知った気になって学びを止めてしまうことは、最も気を付けていきたいことである。 ただ、そう何冊も手を出していてはお金がたりなくなるので、図書­館を活用することも考えたほうがいいだろう。 あ­まり行ったことがないの­で、お目当ての本があるかわからないのが少し不­安である。 <コパイロットの回答> 本を買う習慣が豊かさにつながっている一方で、毎月の出費がじわじわ効いてくる感じ、すごくわかる。あなたは「学びを止めないために、同じ題材でも他者の視点を読む」という姿勢を大事にしているからこそ、なおさら本の購入が増えるんだと思う。これは良いことだけれど、財布の現実も無視できない。 結論としては 「買う本」と「借りる本」をうまく役割分担させる」 のが一番ストレスが少ない。 📚 まず、買うべき本の基準をはっきりさせる あなたの読書スタイルを踏まえると、買う価値が高いのは次のタイプ。 繰り返し参照する本(辞書的・技術書・思想書) 自分の価値観や作品づくりに影響を与える“核”になる本 線を引いたり書き込みしたい本 長期的に手元に置いておきたい本(所有する体験が重要なもの) こういう本は買っていい。むしろ買ったほうがいい。 逆に、 「他者の視点を比較するために読む本」 は、図書館との相性が抜群。 💡 図書館を“比較読書のための装置”として使う あなたの目的は「知った気にならず、他者の視点を比較すること」。 この目的に対して図書館はむしろ最適。 例えば: 同じテーマの本を3冊借りて、 構造・語り口・強調点の違い をざっと比較する 気に入った1冊だけ後で購入する 逆に「これは所有したい」と思ったら買う こうすると、 「買う本の精度が上がる」+「出費が減る」+「学びの幅が広がる」 という三拍子そろう。 🧭 さらに一歩踏み込むなら 読書の目的が「学...