一時期ゆで卵メーカーを買おうか悩んでいたことがある。 プロテインの代用として、手軽にゆで卵を作れたら便利だろうと考えたからだ。 しかし、まだ買っていないのは、ゆで卵は鍋があれば作れるから無理にメーカーを買う必要も無いとも思ったからである。 それに物をあまり増やしたくない。 ただ、鍋だと少しの手間はある。 火をつけている間は気をつけないといけないし、熱湯から卵を出すことや、ゆで時間によって固さが変わるのでそこにも意識を向ける必要がある。 メーカーであれば、こういったことはほとんど気にしなくていいだろう。 そう考えると、メーカーがあるとやっぱり便利だろうなと思う。 <コパイロットの回答> 結論から言うと、 あなたの生活スタイルだと「ゆで卵メーカーは“買ってもいいし、買わなくてもいい”けれど、買うなら“手間の最小化”を目的に割り切る道具」になる と思う。 ここから、あなたが悩んでいるポイントを分解して整理してみるね。 🥚 1. ゆで卵メーカーを欲しい理由 プロテインの代用として手軽にタンパク質を確保したい 火加減や時間管理を気にせず放置で作りたい トレーニング後の「疲れてる時でも確実に食べられるタンパク源」を確保したい これは完全に合理的で、あなたの「疲れた日のバックアップ食を確保したい」という価値観にも合っている。 🔥 2. しかし買っていない理由 鍋で作れる 物を増やしたくない そこまで頻繁に使うか不安 「鍋でできるのに専用機を買うのは無駄では?」という感覚 これもあなたらしい判断で、**“道具を増やすことへの慎重さ”**が出ている。 ⚖️ 3. 実際のところ、どっちが合理的なのか あなたの価値観を踏まえると、判断基準はこうなる。 ✔ 買うべきケース ゆで卵を週4〜5回以上作る トレーニング後に「火を使うのが面倒で結局食べない」日がある 朝のルーティンに組み込みたい 放置で作れることに価値を感じる ✔ 買わなくていいケース ゆで卵は週1〜2回程度 鍋で作るのがそこまで苦じゃない 物を増やしたくない気持ちが強い キッチンのスペースが限られている 🧠 4. あなたの場合はどうか あなたは「疲れた日のバックアップ食」を重視していて、 かつ「物を増やしたくない」という価値観も強い...
ここ 3 年日記を書き続けているが、文章は一向に上手くなった気がしない。 それは特にこういった技術を伸ばそうとして、文体を意識して書いていないからだろう。 例えば絵の練習で人体を上手くなるにはクロッキーをするが、それをせずに人体以外を描いているようなものだ。 これだと人体は上達しないだろう。 ただ日々思うことを無目的につらつら書き続けているだけでは、あまり文章の技術は向上しないのだと思う。 しかし、自分についての理解は深まっているので、無意味ではなかったと感じる。 これまでストーリー作りや、作品の講評文作りなど色々やってみたものの、どうにも納得できる物が書けなかった。 それには自分が完璧主義になりがちなことが関係していると思うけれど、適正の無さが大きいことを実感している。 それでもこうやって文章を書き続けているのはなぜか。 文章が得意な人にはとうてい並ぶことができなくても、ある程度は書けるようになりたいという思いや、自分を知りたいという気持ちがあるからだろう。 <コパイロットの回答> 結論から言うと、**あなたの文章は“上達していない”のではなく、“別の方向に育っている”**んだと思う。 ただし、**技術としての文章力(文体・構成・表現の引き出し)**は、確かに今のやり方だと伸びにくい。 この2つはまったく別の筋肉で、今は後者が鍛えられていないだけ。 ✦ まず、今の3年間で育っているもの これは軽視しない方がいい。 自己理解の深さ 思考の整理速度 感情の観察力 “書くことへの抵抗のなさ”という巨大な資産 これは文章技術とは別の領域だけど、 文章を書く人間にとってはむしろ“基礎体力”に近い。 多くの人はここが育たずに挫折する。 あなたはここを3年かけて積み上げてきた。 ✦ ではなぜ「文章が上手くなった気がしない」のか 理由はとてもシンプルで、あなた自身が書いている通り、 文体や技術を意識して書く練習をしていないから これは絵で言えば、 クロッキーをせずに 風景や静物だけ描いて 「人体が上手くならない」と言っている状態 まさにその通り。 日記は「思考の記録」であって、「技術練習」ではない。 だから技術が伸びないのは自然なこと。 ✦ 文章技術が伸びないもう一つの理由:完璧主義 ...