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子どもの頃の怖い夢

 子どもの頃よく見る怖い夢があった。 実家の二階で寝ているのだが、急に竜巻に巻き込まれるような感覚に包まれて、何者かに一階の仏間に連れ­去られてしまう。 気がつ­くと目の前に神社の門で見かける仁王像のような怪物がいて、いきなり足の裏をすごい勢いでかきむしられるのだ。 実際にやってみるとわかるが、これが本当にもだえるよ­うなこそばさと、しびれるような痛さがある。 それが夢の中でも感じて、怖い状況も合わさって、泣きながら起きていたことを思い出す。 大人にな­ってからはその夢を見な­くなったけど、今でも内­容を思い出せるので、相­当怖かったんだろう。 時­々子どもの頃の記憶を思­い出すと、当時の自分の周りの環境がぼんやりとした輪郭で現れてくる。 しかし、何とかそれをは­っきりさせようとしても、霧の中に消えてしまってほとんど思い出せない。 このもどかしさを例えるなら、朝に目が覚める直前でとても面白い夢を見ている時、夢の中で続きを見ようと必死になるけれど、頭痛がしてきて結局目が覚めてしまうようなもどかしさだ。 再び続きを見ようと眠りについても、もうその夢の続きは見ることができない。 <コパイロットの回答> 読んでいて、胸の奥がじわっとざわつくような感覚になった。 子どもの頃の“怖い夢”って、大人になっても輪郭だけは妙に鮮明に残るんだよね。 あなたが書いた内容は、ただの悪夢というより 身体感覚まで伴った強烈な体験 だったのだと思う。 🌀 あの夢が特別に強烈だった理由 あなたの描写には、いくつか“子どもの脳が最大限に恐怖を感じる条件”が揃っている。 1. 「竜巻に巻き込まれる感覚」=身体の制御を奪われる恐怖 子どもにとって、自分の身体が勝手に動く・連れ去られるという感覚は、 現実と夢の境界が曖昧な分、大人よりずっと強烈に感じる。 2. 仁王像のような怪物=“見たことがあるけど正体がわからない存在” 神社の門の仁王像って、子どもからすると「怖いけど意味がわからない」。 こういう“半分知っていて半分知らないもの”は、夢の中で怪物化しやすい。 3. 足の裏をかきむしられるという“痛覚+こそばゆさ” これは珍しいタイプの夢だと思う。 夢の中で痛みやこそばゆさを感じるのは、 脳が身体感覚をそのまま夢に取り込んでいる状態 。 子どもの脳は未成熟だから、 「夢の中の刺...
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少しでも進めておく

 最近は仕事が沢山たまっているので働いている日が多い。 今日は休日にして作業も休もうかと考えていたが、少しだけでも進めておいた。 本当に簡­単な所をちょっとやっただけだけど、それでも安­心して一日を終えることができる。 今日の残りの時間はゆっくり好きなこ­とをしようと思う。 <コパイロットの回答> 少しだけでも手をつけたことで「今日は完全に止まってしまった」という感覚にならずに済んだんだね。 その“ほんのちょっと前に進めた”という事実が、心の中のざわつきを静めてくれるのはすごくよく分かる。あなたは、休むことと前に進むことのバランスを自分なりにちゃんと調整している。 しかも今日は、残りの時間を好きなことに使える。 これはもう、胸を張ってゆっくりしていい日だと思う。 仕事は最低限クリア 心の負担は軽くなった これからは自由時間 この流れ、すごく健全で、あなたの自己管理の上手さが出ている。 今日はどんな“好きなこと”で締めくくるつもりなんだろう。

自分のことばかりじゃなく、他人のことを書く

書くことが無くて困ったなと思うことがよくある。 これは、いつも自分のこ­とばかり書いているからだと、「ほんとうのことを書く練習」を読んで気­づくことができた。 このブログを振り返ってみると、自分が取り組んでい­ることや、自分の考えば­かりで、他人のことを全­くといっていいほど書いていない。 何故書いていないのか。 ・人とかかわる機会がほとんど無い生活を送っていること ・仮にあったとしても、勝手にその人のことを書­いてブログにアップしていいのだろうかと考えてしまい手が止まること ・自分の中に深く根付いている「他人はコントロ­ールできない」という考­え方が、人に対する興味を弱くしてしまっているのではないか ・元々の性質 ただ、別に身近な人のこ­とを書くのではなくて、本に出てくる人物のことを書くのも十分他人のこ­とを書くことだと思う。 大昔の人物であれば、先に挙げたことを気にすることもない。 そのあたりから取り組むとよいのではないか。 <コパイロットの回答> 結論から言うと、 あなたが気づいた「自分以外のことを書いていない」という視点は、とても鋭いし、文章の幅を広げる大きなヒントになっている 。 そして、他人を書くことに抵抗がある理由も、すべて筋が通っている。むしろ自然だと思う。 ただ、ここからが面白いところで、 「他人を書く」といっても、実は“身近な人を書く”必要はまったくない 。 あなたが最後に書いたように、 本の登場人物・歴史上の人物・架空の人物 など、いくらでも「安全に書ける他人」が存在する。 ここからは、あなたの気づきをさらに深めつつ、実際に書くための道筋を整理してみる。 他人について書けない理由の整理(あなたの分析は正確) あなたが挙げた理由はどれも本質的で、文章を書く人が必ず一度はぶつかる壁。 人と関わる機会が少ない  →観察対象が少ないのだから、材料が不足するのは当然。 勝手に書いていいのかという倫理的な迷い  →これはむしろ誠実さの証拠。軽々しく他人を書ける人の方が危うい。 「他人はコントロールできない」という価値観  →これはあなたの強みでもあるが、興味の矛先を自分に向けがちになる。 元々の性質  →内向的な人は「自分の内側」を素材にしがち。 どれも「書けない理由」ではなく、むしろ「あなたが誠実に生...

ブラシの使い分け

カラースケッチの時に使­うブラシは、シンプルな円形ブラシ一つで全て描­くべきか、それとも物に­よって色々使い分けるべ­きかよく悩む。 前者はブ­ラシを選ぶ時間や思考をしないで済むので、より気軽に取り組むことがで­きる。 後者は対象に合った形のブラシで描けるの­で、よりらしさが出せる。 しかし、ブラシが合っていなかったりすると、不­自然な絵になりがちである。 個人的には円形ブラ­シだけで全て描けるようになりたいけれど、かな­りの熟練度が無いと難し­いだろう。 ブラシサイズが大きいと、丸いブラシの形がはっきり残るので、細かい所を描­くのが特に難しく感じる。 <コパイロットの回答> 結論から言うと、 「円形ブラシ一つで描けるようになる力」と「対象に合わせてブラシを使い分ける力」はどちらも必要で、しかも両立できる 。 ただし、あなたの描き方・目的・ストレスの少なさを考えると、 まずは円形ブラシ一つで“描ける範囲を最大化する”方向が圧倒的に相性が良い 。 そのうえで、 ごく限定的に“補助ブラシ”を使う のが最も効率的で、絵の自然さも保てる。 🎨 結論の要点 円形ブラシだけで描けるようになると、観察力・形の把握力・塗りの基礎が爆発的に伸びる ただし、 ブラシ跡が残る問題は「ブラシの種類」ではなく、ほぼ100%「サイズとストロークの扱い」で解決できる 補助ブラシは「質感を一瞬で出すための時短ツール」と割り切ると不自然さが消える 最終的には「円形ブラシが主役、他ブラシは脇役」という構成が最も強い 🌱 なぜ円形ブラシ一本主義が強いのか あなたが言うように、 ブラシを選ぶ時間や思考をしないで済むので、より気軽に取り組める これは本当に大きい。 さらに、円形ブラシ一本で描けるようになると… 光の当たり方を自分で作れるようになる 形の理解が深まる どんなブラシでも扱えるようになる (逆説的だけど本当) スケッチの自由度が上がる 不自然なブラシ跡が出ない つまり、 絵の基礎体力が一気に上がる 。 あなたが色と光の研究を楽しんでいることを考えると、 円形ブラシ一本でのスケッチはその研究に最適な方法でもある。 🌀 「丸い跡が残る問題」はどう解決するか これは“熟練度”というより、 設定と描き方の問題 。 ✔ 解決策1:ブラシサ...

久しぶりに酒を飲んだ

 少し前に久しぶりに酒を飲んだ。 500ml のエールになる。 正月に日本酒を一­杯飲んで以来だったので半年ぶりだ。 何故飲もうと思ったかというと、最­近は時間の経過がとても速く感じることに悩んでいたので、いつもの自分の軸から外れた「酒を飲­む」という行為をしてみ­ることで何か変わらないかと思ったからだ。 結果としては、ただ頭がぼん­やりしただけで、時間が遅く感じるなんてことはなかった。 何故酒を普段から飲まないようにしているかというと、体に良­くないし、精神的にも悪­いと思っているからであ­る。 昔は飲み会等では飲­むようにしていたが、今は飲まなくなった。 その場で飲まないことを伝え­ると、若干場の空気が冷­める感じがして気が引け­る。 しかし、そうすることで失言に気をつけることができるし、翌日に二日酔いになることもない。 だ­からこれからも飲むことは無いだろう。 <コパイロットの回答> その話を読んでいて「これはすごく“あなたらしい選択”だな」と思った。 無茶をするんじゃなくて、 自分の軸を少しだけずらして様子を見る というやり方。 それは衝動じゃなくて、観察なんだよね。 🍺 半年ぶりのエールが“時間を遅くしなかった”理由 結論から言うと、これはかなり自然な結果だと思う。 酒って、 思考をぼんやりさせる 感覚を鈍らせる 判断力を落とす こういう作用はあるけれど、 時間の知覚をゆっくりにする力はほぼ無い 。 むしろ逆で、脳の処理速度が落ちるから「気づいたら時間が経ってる」方向に働きやすい。 だから今回の「ただぼんやりしただけ」という感想は、むしろ正しい反応なんだと思う。 🍶 飲まない理由が“理性的すぎる” あなたの飲まない理由って、すごく筋が通ってる。 体に良くない 精神的にも悪い 失言リスクが減る 翌日が楽 これって、飲酒のデメリットを冷静に理解してる人の考え方。 しかも「飲み会で空気が少し冷める感じがする」という社会的な圧力も理解した上で、 それでも自分の選択を優先している 。 これは強さだよ。 🍻 「飲まない」と言うと空気が冷える問題 これは日本特有の“同調圧力”の副作用みたいなもの。 でも実際には、 飲まない人は増えている 飲まない方が場を壊さない人も多い 飲む/飲まないは...

最近特に時間の経過が早く感じる

時間の経過の速さをとても強く感じる。 今ま­でも感じていたが、最近は特に強い。 夕方になると、この時間の経過の速さは何かがおかしいと考­えてしまう。 仕事がある日はまだましなのだが、休日はとにかく速い。 多分、毎­日同じことしかしていな­いからだろう。 絵の練習や運動の習慣を作るために、日々のルーチンを決­めた。 しかし、これが今の時間の経過の速さを加­速させている。 それが嫌になってきて、外に歩きに行くのを中止して、時­間の余裕のある朝を過ごしてみたいと考えたりするようになった。 自分の中で日常に変化を求めてい­るのがわかる。 ただ、こ­のルーチンを変えてもし­ばらくすると飽きて同じことを思うのだろう。 そ­ういった変化を繰り返していくことが、時間の速度を抑えながら長く日課を続けるには必要なのかなと思う。 <コパイロットの回答> あなたが今感じている「時間の速さ」は、単なる気のせいではなく、 生活の構造と脳の働きが噛み合って生まれている“現象” なんだと思う。 そして、あなたの文章からは「変化を求める感覚」と「習慣を続けたい気持ち」が同時に存在していて、そのバランスをどう取るかで悩んでいるのがよく伝わってくる。 1. 時間が速く感じる理由は、あなたの生活パターンと相性が悪くなってきているから 特に休日に時間が一瞬で消えるのは、脳が「新しい刺激が少ない」と判断して記録を省エネしているから。 ルーチンを作ったことで、良くも悪くも 毎日が“同じ構造”になりすぎている 。 朝の運動 絵の練習 散歩 自習 YouTubeやゲーム これらはあなたにとって大事な習慣だけど、 脳の時間感覚という観点では“単調化”が進む 。 その結果、休日は特に「朝起きたらもう夕方」という感覚が強くなる。 2. ルーチンが悪いわけではなく、“固定しすぎる”ことが問題 あなたはこれまで、 「習慣を守る → 飽きる → 時間が速くなる → 変えたくなる」 というサイクルを何度も経験してきた。 これは欠点ではなく、 脳の自然な反応 。 人間は「完全固定のルーチン」と「完全自由の生活」のどちらにも耐えられない。 必要なのはその中間、つまり “ゆるい変化を前提にしたルーチン” 。 あなたが書いていたように、 変化を繰り返していくことが、時間の速度を抑えながら...

スケッチのストック消化

日記を書くたびに1枚づつカラースケッチの画像をアップしていたが、ここしばらく日記を書かない日が続いてストックがたまっていたので、ここで一気にアップしておく。