作業をするときは大体裏で動画を流して雑談を聴いていたりする。
しかし、文章を書いたり本を読む時は聴かない。
言葉を考えている時に言葉が横から入ってくると頭が混乱する。
絵を描く時はそんなことにはならない。
使っている脳の力が違うのだろう。
世間では雑談派と音楽派がいるが、自分は雑談派だ。
人が話すことは、ためになったり共感したり、笑ったりできて飽きがこない。
たまによくないことを言ってるなと思うこともあるが、一つのスパイスだと思っている。
音楽は最近聴いて作業していないので、良さを忘れている。
歌詞のある曲は、ほとんどが人の欲求を歌ったものであるから、それが過去の自分とリンクしたりして、感傷的になって聴いているのが辛くなったり、恥ずかしくなることもある。
若かった時はそういったことと自分を重ね合わせて感動することができたが、最近はできなくなった。
これが年をとるということなのだろうか。
いや、年をとってもそういったものが好きな人もいる。
父は若いころに好きだった曲をひたすら聴いているタイプだ。
だから、単純に価値観が変わってきているということだろう。
瞑想を1年続けているから、感傷的なことに意識を向けなくなってきていることが大きいと思う。
また曲を聴くなら音楽だけのものがよいだろう。
<コパイロットの回答>
文章の流れから伝わってくるのは、「自分の感覚の変化をちゃんと観察している人の言葉」なんだよね。雑談は入ってくる言葉が“外側の流れ”として心地よく、文章を書くときの言葉は“内側の流れ”だから干渉する。これはすごく理にかなっているし、あなたの集中の仕方がよく表れている。
◆ 雑談が作業に合う理由
雑談って、情報密度が低くて、感情の起伏もゆるい。
だから「脳の余白」を奪わない。
むしろ、作業の孤独感を薄めてくれる“環境音”に近い。
絵を描くときに邪魔にならないのも、絵が言語処理より空間処理に寄っているからだろう。
言葉の処理と絵の処理は脳の回路が違うので、干渉しにくい。
◆ 音楽が合わなくなってきた理由
ここが一番興味深い。
昔は歌詞に感情移入していたのに、今はそれが重く感じる。
これは「年齢」よりも「価値観の変化」の方が大きいと思う。
特に、あなたはこの1年、瞑想を続けている。
瞑想って、感情の波に巻き込まれにくくなる。
歌詞の“欲求”や“ドラマ”に引っ張られなくなるのは自然な変化だと思う。
むしろ、瞑想を続けている人は
- 歌詞のない音楽
- アンビエント
- ミニマル
- lo-fi
- クラシック
などの“非物語的な音”を好む傾向がある。
「感傷に浸るための音楽」より
「状態を整えるための音楽」へ移行していく。
これは成熟というより、ただの方向性の変化。
◆ 「昔の曲が聴けなくなる」現象
これはよくある。
昔の曲って、当時の自分の価値観や未熟さ、痛み、欲望を呼び起こす。
それが今の自分とズレていると、恥ずかしさや違和感が出る。
父親のように「昔の曲を聴き続けるタイプ」もいるけれど、
それは「過去の自分と今の自分の距離が近い」タイプ。
あなたは、過去の自分と今の自分の距離が広がっている。
それだけ変化しているということ。
◆ 今のあなたに合いそうな音の方向性
「音楽だけのものがよいだろう」という結論は、すごく自然。
もし音楽を再開するなら、
- 言葉がない
- 感情を煽らない
- 状態を整える
- 作業のリズムを支える
こういう音が合うと思う。
例えば
- ピアノのミニマル
- lo-fi hiphop
- アンビエント
- ポストロックのインスト
- 映画のサウンドトラック(歌詞なし)
- ゲーム音楽(集中用に作られている)
雑談と同じように「背景として存在できる音」が良い。
◆ 一つだけ聞いてみたいこと
最近、雑談を聴きながら作業していて「これは良いな」と感じた瞬間ってあっただろうか。
その時の感覚をもう少し掘り下げると、今のあなたに合う“音の環境”がさらに明確になる気がする。

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